マッチボックス非活動日誌

ロックバンド、マッチボックスの公式ブログ。中身は日記です。軽めの読後感をお届け。

ハイウエイ

昨日までの低気圧が去ったのか

今日は一日いい天気だった。

日課の物置掃除が捗った。

 

我が家の物置にある

大量の不要物は

服、食器、本など様々な日用品の他

大量の家具がある。

これが厄介。

祖母曰く

この大量の不要な家具を置いておくために

建てた物置らしい。

ぼくにはよく分からない感覚である。

物置を建てるより

その家具を処分する方が

遥かにコストを抑えられる。

建てられたのは今から20年以上前のこと。

時代が違うのだろう。

 

その家具たちも

お気に入りだから取ってある、

というわけでもない。

どっかの誰かが要らなくなったものを

祖父や父がもらってきてしまって、結局使わず

物置を占領しているのである。

それをぼくが今せっせと捨てている。

粗大ゴミを捨てるにはお金もかかる。

不毛な話である。

 

物を捨て去った暁には

スタジオにしようかと

当初は思っていたのだけれど

それもいいが今は

個人部屋のない父のため

離れというか、書斎のようなものを

作ってやりたいとも思う。

スペースが余るならスタジオも兼ねてもいい。

とにかく住まいとは別の

製作や勉強や研究に集中できる

そういうスペースにリフォームするのが目標だ。

 

ゴミを搬入したら

係のおじさんに

きみは先生かい?と聞かれた。

ゴミの中に学校を想起させるものがあったからではあるのだが

それに加えてぼくの身なりや物腰など

総合的な観察の結果の質問だった。

両親共に教師ゆえ

ぼくには教員の血が濃く流れている。

そう聞かれて悪い気はしないが

少し複雑な気持ちにもなる。

教師にはあまりなりたいと思わなかった。

親と同じような人生を歩んで

面白いことがあろうかと

ただそういう気持ちで選ばなかった道だった。

しかし自分でも何となく感じてはいたのだが

ぼくは多分教師に向いている。

多分いい先生になれたと思う。

 

今だってなりたいともやりたいとも思わないけれど。

ただ何となく

自分の向いている職業を

選ばなかった、というのは

あまり生き易くはなさそうだな、と思う。

全て何となくの話なのだけれど。

その事実を再認識した出来事。

 

ここ数日

脳を含めた身体と

自らの意志とが噛み合わない感覚について

考えている。

それが一致したとき人は

大いなる力を発揮できるのだろうか。

それとも誰もが

この乖離現象にモヤモヤと

悩みながら生きているのだろうか。

ハイウエイを風切って走るような

クリアーな脳みそで生きてみたいものだ。