高等遊民の雑記

30歳、無職。一念発起して音楽アルバム製作中。音楽、映画、美術、読書、その他日常の話を徒然なるままに。高等遊民の雑記。

ジョディ先生、デカルト先生

梅雨入りして雨が降って

それが止んですぐに真夏日になった。

30度を超える猛暑は湿度を伴い

汗ばんだ肌が服と擦れて不快だ。

明日はまた雨になるみたい。

 

ここ3日ブログをサボった。

相変わらず英語の勉強とドラムの練習をして

トレーニングをして温泉に入ったりしている。

木曜の夜英語のレッスンがお休みで

代わりに先生とのカウンセリングだった。

ジョディ先生が分かりやすく発音してくれるので

英語同士でも会話ができる。

かなり英語耐性がついてきたなと自信もついた。

 

もう少しリスニング力をつけたいのと

スムースに英語を話したいのと

中学生みたいなボキャブラリーしかないのが

いい加減嫌になるので

もっとネイティブな会話をしたい。

精進である。

 

トレーニングのおかげで

少しお腹に締まりが出てきた。

土台がひょろひょろなので

胸板が厚くなったり

腕が丸太のように太くなったりは

まだまだ当分先になりそうだ。

姿勢がよくなってきた気がするのが嬉しい。

 

読書は『デカルトの憂鬱』を読み進めている。

昔『方法序説』を読んだときは

分かったつもりになって分かっていなかったことが

判明してきたような気がしており

気が向いたらまた読んでみよかなと思う。

 

デカルト曰く

「何も見落とすことがなかったと確信しうるほどに、一つ残らず枚挙し、全体にわたる通覧とを、あらゆる場合に行うこと」とのこと。

人間は考えることができるが

速暖と偏見によって

十分な考察を経ずに

発言したり行動したりしてしまうことがある。

それを意志の力で制御し

十分に吟味するべしと諌めている。

 

これはネットリテラシーが問われる昨今

肝に銘じるべき金言である。

炎上している記事や発言のコメント欄を見ると

見出しだけで怒っているような人が多い。

問題の原因になっている

発言や記事自体を見ずに

それに対する誰かのツイートだけで

全てを把握したかのように振る舞う人たちや

あるいは心酔する著名人の発言を

疑うことなく全肯定するような人たちもいる。

これはぼく自身も

そうならぬよう戒める必要がある。

 

もっと広い視野で

深い洞察力で考え事をしたい。

そしてしばらく黙りたい。

ひとつの問題について深く考えて

まとまらない間は無闇に他人を批判しない。

そうすればもう少しSNS

殺伐とせずに済みそうなので。